美術科金曜アトリエ通信 9月号
美術・絵画コース美術科山下です。
夏の間お休みをいただきありがとうございました。今年はイタリアで過ごしてまいりました。素敵な風景は皆さまいくらでもご存知でしょうし、私は自他共に認める撮影下手なので作業の記録写真がほとんどですが、よろしければ今月号お付き合いください。
ヴェネツィアで割れてしまったスーツケースを庇いながら、膝周りが痣だらけでフィレンツェに到着。テンペラやフレスコ、モザイクに精通されており、修復家として長年教鞭も取っておられたマエストロに無理を聞いていただき、ひと夏だけ個人的に工房に受け入れていただくことが叶いました。
私が学生時代に教わった黄金背景テンペラのテクニックの復習や見直し、特に準備から描き出しの段階に教えを請いたいことが沢山ありまして。昔描いた卵テンペラの板絵を2枚、重かったですが実物を持参して良かったです。すぐに短所(肌部分の絵の具の厚さ、ハッチングの筆の抜き)と長所(衣の描写、金箔貼り)をご指摘いただけたので、ひと夏しかいられない中での課題がまず見つかりました。題材は、色々なテクニックが含まれているカルロ・クリヴェッリの模写に決定。
※卵テンペラとは、顔料と卵などを練って絵の具とし、水で希釈しながら描く技法です。
石膏地を平滑にするのって骨が折れるというか、手が裂けるというか、腰がもげるというか、とにかくしんどくて、何とかならないものかと思っていたのですが、先生のテクニックで塗りの段階から光沢が。
地塗りの乾き待ちには描写の予行練習を。葡萄の枝を焼いた黒が効きます。先生の色合わせはため息もの。私はなかなか合わず、それもテンペラ絵の具が厚くなる原因のひとつだと思われます。君の国とは違う、イタリアではまず色を徹底的に学ぶんだ!作れなければ呼べ!僕の名前わかっているか?と先生。御年90歳。生粋のフィレンツェ人。
そして練習段階から私には一番難しかったのが肌の下層に塗るテールベルデ(テールベルト、天然緑土)の筆運びです。表情に沿って薄塗り→重なりができてしまう→上層に透ける→リカバリーで描き重ねる→厚さが出てきていたところ、サンジェミニャーノにある作品が勉強になるよと先生。
時々素人による絵画や彫刻の修復がニュースになりますが、サンジェミニャーノでも昔お坊さんが自分たちでクリーニングしようとして肌の上層が剥がれてしまったそうです。そのおかげで下層の様子がよく見えるから、と。週末にバスを乗り継ぎ行って参りました。従順な私。
が、どれのことかわからなかったんです…先生…月曜日から呆れ顔…
気を取り直して地塗りの仕上げ、デッサン、彩色練習。
次の週末はまたバスに揺られて競馬で盛り上がるシエナへ。見るものがいっぱいで大忙し。
今度こそ!バッチリ見えたテールベルデ!
的確なハッチング!そういうことか!
先生「シエナ派はまた違うんだよね」
私「…」
修復家Kさん「クリヴェッリもフィレンツェではないですよね」
先生「まあそっか」お菓子ポリポリ。
こんな感じの3人で工房でのひと夏を過ごさせていただいておりました。お2人とも私の疑問にひとつひとつ対応してくださり、そのお手間と絵画への情熱に頭が下がります。修復家Kさんのお話がまた勉強になるんです。ご一緒させていただけて幸せでした。
描いていると、やはりテールベルデの問題が響いてきます。上手くいった箇所の繊細な現れ方には自分でも感激したのですが、上手くいかなかった箇所が悔しくて悔しくて。上手くなりてえ。
その次の週末は列車でミラノへ。課題の本物をブレラ美術館で確認してきました。模写中にオリジナルを見ると驚きの連続です。
鑑賞というか取材というかストーキングというか。いやあ凄い。もう、オーパーツに見えてきます。このような視点で作品を見られるようになるのも模写から得る喜びのひとつです。
描いている最中ですから伝わる情報量も違います。昔フラ・アンジェリコを模写した時には本物で確認したくてたまらなかったことを懐かしく思い出しました。隣で寝起きして暮らすように描けたらいいのですが、無理だから目で記憶します。箔を貼るにも色々な手法があるので、どうやっているかは実際に見るのが一番。修復家の方は仮説を持ちながら科学的な調査をして確認されます。探偵みたいですね。Kさんも修復で右脳も左脳もパンパンで、時々糖分がないとやっていられなくなって、いそいそとバールやジェラテリアへ誘ってくださるのが萌えます。
1ヶ月では完成させられませんので、作業工程が想像できるサンプルとして使えるようなものを目指しました。金箔の下のボーロの厚みや箔を重ねる枚数を変えて比較したり。
次の週末はゆっくりフィレンツェで過ごしました。お部屋の照明はムーディーなので、自然光が入る時間帯に葉っぱを描き描き。ルームメイトが見ているポケモンの世界大会の盛り上がりや、上階からのラテン音楽がいいBGMです。やっと慣れてきたらもう夏の終わり。ところでこの平たい小さな美味しい桃は日本には無いのでしょうか?スーパーで適当に選んでも当たり外れがなく、毎日食べていました。
工房での最終週。着くといつも先生が準備して待っていてくださいます。短い時間の中で少しでも技術を持ち帰らせようと、毎日の計画をしてくださっていることを感じていました。私の手だと、約5cm角の範囲に5時間のペース。黙々と。先生が真横で見ながら「これ3ヶ月かかるから来年2ヶ月来なさい」「普通1年でやるけど君半年でいけそうだから12月までいなさい」「油絵教えてあげようか」などとおっしゃることにピクっと反応。クリスマスあたり行こうかな。
ここまで!続きは自宅でということに。作者が変われば技法も変わるので、博識な先生はまさに生き字引です。
作業の様子を掻い摘んでご紹介しましたが、先生、修復家Kさん、素敵な大家さんご一家始め現地で出会った人たちや美術や音楽の話など、また教室でお話しできたらと思います。出発前はいつも皆さんで情報をくださったり励ましてくださったり本当にありがとうございます。元の板絵2枚と今回の模写、そして最終日にサンタさんのように席に置いておいてくださった先生お手製のメッセージ入り箔切り台が加わり、板が4枚になって帰ってまいりました。石膏をまぶして使いやすく。
フィレンツェ再訪を叶えてくれるイノシシ。来年の年賀状これでいいか。でもきみ三ノ宮にもいるから、私がイタリアに行ったことも全部嘘みたいになるやないか。絵に描いたような男前と2人で暮らしていたなんて、誰も信じないんだろうなあ。
ずっと手荷物で苦労して持ち帰ったクーポラ型の傘は最後の最後で新幹線に忘れてしまいましたが、翌日発見されました。日本万歳!
おまけ↑
靴はこんな形なんですね。
☆今回訪れた場所…ヴェローナ、ヴェネツィア、フィレンツェ、サンジェミニャーノ、シエナ、ピサ、ペーザロ、ミラノ、ローマ
美術科講師 山下
山下 智子
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